【逸失利益の定期金賠償を肯定】重度後遺障害事案への影響【最高裁R2.7.9判決】

最高裁判所

当事務所は、交通事故案件も専門的に取り扱っておりますが、つい先日、非常に重要な最高裁判決が出されてニュースにもなっていましたので、ご紹介致します。 

逸失利益に関して、一時金払いでなく、定期金払いを命じた最高裁判決です。 

本判決に対する法学者の解説は今後色々と出てくるでしょうが、交通事故の賠償実務に携わる一弁護士として実務上も大きなインパクトがあると思われましたので、ご紹介する次第です。 

事案 

事案は、平成19年発生の交通事故により、脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負い、その後、高次脳機能障害の後遺障害(自賠法施行令別表二第3級3号)を残した男性被害者(事故当時4歳、口頭弁論終結時15歳)が将来にわたって労働能力をすべて失ったとして、逸失利益について、定期金賠償(就労可能時である18歳から終期である67歳まで毎月得られるべき収入額を毎月支払うこと)を求めたという事件でした。 

1審の札幌地裁、2審の札幌高裁いずれも定期金賠償を認めていて、保険会社側が上告したところ、今回の最高裁判決でも定期金賠償を認容したというものです。 

逸失利益に関して定期金賠償を正面から認めた初の最高裁判決となります。 

何が重要か? 

この最高裁判決ですが、重度後遺障害事案においては、被害者側、保険会社側いずれにとっても非常に重要な意味をもってくるものと考えています。 

交通事故で不幸にも重度の後遺障害が残ってしまうと、たとえば、事故により四肢麻痺など働くことができない身体になってしまって、将来にわたって収入を得られる道を失ったり、食事や入浴等の日常生活全般に介護が必要な心身の状態に陥ってしまい、毎月の介護費用の負担が将来にわたって発生するなど、いわゆる将来損害と呼ばれる将来にわたって発生する損害の費目が出てきます。 

この将来損害の代表格が、逸失利益や将来介護費です。 

一時金賠償の原則 

ただ、損害賠償実務では、たとえば今後将来30年にわたって発生する逸失利益や将来介護費なども、一時金として、現時点で一括で支払って貰うことが通例です。 

これは、賠償する側(主に保険会社が対人賠償保険で対応します)が毎月ないし毎年数十年間にわたって支払いを続けることや被害者の医療状況の確認をするなどの負担(債権管理)が非常に大きいことや、はたしてそれだけ将来先まで支払いを続ける保険会社が存続しているのか、経済状況の変化も踏まえると誰にも分からない、等といった理由が背景にあり、将来損害はまとめて一時金で貰うことが圧倒的多数で通常の事件処理です。

私自身、これまで1~3級相当の極めて重度の後遺障害事案は、被害者側としても、保険会社側としても、どちらでも多数の案件を経験してきましたが、定期金賠償で示談をした案件は数えるほどしかありません。 

中間利息控除 

将来損害を一時金で賠償をする場合には、「中間利息控除」を行います。

民法は法定利率を定めていて、2020年4月1日施行の改正民法より前に生じた交通事故に適用される法定利率は年率5%でしたから、たとえば、年収500万円の人が、1年後にもらうべき500万円を1年前倒しで賠償して貰おうとすると、支払側としては本来1年後の支払でよかった500万円を運用できなくなるので、この1年間の利息運用分を調整する必要が出てきます。 
そのため、「中間利息控除」といって、1年後に支払うべき500万円を現在価値に引き直す計算をするわけですが、 

 年収500万円×(1年間のライプニッツ係数)×1.05=1年後の500万円
 ∴ 1年間のライプニッツ係数=0.9524

として、1年後に貰うべき500万円を今貰うとなると、これに0.9524の係数を乗じた4,762,000円の支払額へと減額されるわけです。 

この中間利息控除を用いた1回解決では、たとえば、本件事故の被害者のように、18歳から67歳までの49年間のライプニッツ係数(5%)は18.1687となりますので、平均賃金(賃金センサス)年収529万6800円を基礎収入とすると、

  529万6800円×18.1687×労働能力喪失率100%=9623万5970円

が一時金として得られる逸失利益となります。
これがこれまでの通常の賠償実務でした。 

他方で、この年収を12ヶ月で割った月額44万1400円を49年間毎月貰い続けるとなると、途中で事情変更がないと仮定した場合の支払総額は、

  44万1400円×12ヶ月×49年間×100%=2億5954万3200円

これが定期金賠償で全額賠償を得た場合の逸失利益総額となり、本最高裁判決の帰結となります。

単純計算で約2.7倍も開きがでてしまうわけです。
(※余談ですが、このお金は収入ではなく賠償金なので所得税もかかりません。すべて手元に残せます。)

本件のように、幼いお子さんが被害に遭った事故などでは、いま仮に9600万円貰ってもお子さんは今後一切働けないわけですので、親としては、果たして十分か?特に自分達が働けなくなった後や親亡き後は子はちゃんと生活していけるのか?と不安に思われることが多いですが、そのようなケースに道を拓いた判決といえます。

保険会社側の重い負担 

他方で、賠償実務としては、保険会社側には非常に重い負担が課されるものです。 

毎年の被害者側の心身の状況確認をしながら、口頭弁論終結時から逸失利益算定の基礎となる事情が変更していないか調査し、もし67歳に達する前に本件事故と無関係に亡くなられたこと等が判明したりすれば、本判決の変更を求める訴訟を提起するなどせねばなりません(この点は、本最高裁判決の小池裕裁判官の補足意見でも触れられているところです。)。 

最高裁判決の要件「相当と認められるとき」 

本件最高裁判決も、判決理由の文面上では、無条件に定期金賠償を認めているわけではなく、被害の原状回復と損害の公平な分担という損害賠償制度の目的と理念に照らして「相当と認められるとき」には、逸失利益は定期金賠償の対象となると判断しています。 

ただ、この「相当と認められるとき」については、上記補足意見でも明記されているとおり、「どのような場合に、あるいは、どのような事情を考慮して定期金による賠償の対象となると解することができるか(相当性の判断)については解釈に委ねられている」のが現状です。 

その上で、なお、「定期金による賠償に伴う債権管理等の負担、損害賠償額の等価性を保つための擬制的手法である中間利息控除に関する利害を考慮要素として重視することは相当ではないように思われる」と同補足意見でも述べられています。 

あくまでも補足意見であり、しかも「思われる」との控え目な表現ではありますが、現実に、高齢者の事故(終期までの期間が短いため保険会社側の債権管理の負担が小さく、中間利息控除の影響も小さい)ではなく、事故当時4歳、症状固定時15歳の子の事故という、いわば計算上、債権管理の負担が最も大きく、中間利息控除の利害も最も重大な本件ですら、あっさりと相当性を肯定したわけですから、被害者側が定期金賠償を求めていながら、裁判所が定期金賠償が「相当ではない」として一時金賠償を命じるケースというのが、一体どのような場合なのか、後遺障害等級の程度や労働能力喪失率以外にはちょっと思いつきません。 

たとえば、14級などの軽度の後遺障害事案で、一時金で賠償を受けることに何ら支障がないのに保険会社側の負担のみが著しく増える場合には相当性が欠けると思われますが、では5級ならどうか、7級であればどうか、というのは今後の事例の集積によると思われます。 

その意味で、本件最高裁判決は、本件事故の具体的内容とあわせて考えたときには、今後、特に100%の労働能力喪失が認められるような重傷事故事案(1~3級相当)では、非常に強いリーディングケースになってくるものと考えられます。 

被害者側としては、そのような選択肢も視野に入れながら手続選択を検討する必要がありますし、保険会社側としては、示談案が説得力を持ち、被害者家族に納得して貰えるかを常に意識しながら事案を軟着陸させることを、これまで以上に慎重に考えて進めていく必要がある局面に来たものと思われます。 

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。