久々の法律記事の更新です(汗。
全く私事ですが、この4月から毎月第1火曜日に、ラジオ関西に生出演させて頂いております。
谷五郎さんがパーソナリティを、田名部真理さんがアシスタントを務める「谷五郎の笑って暮らそう」の、お昼12:15~12:30「笑って六法!ゴロイヤー」という短い枠ですが、社会の時事ネタや身近な話題を法律的な面から解説するというコーナーの担当です。
これまで、「カスタマーハラスメントへの対応」(4/7放送)、「新型コロナに関連した休業補償や助成金制度などについて」(5/5放送)、「新型コロナと交通事故。入っておくべき保険について」(6/2放送)、と時事ネタに絡めた色々なテーマでお送りしてきました。
毎度毎度、台本をスルーして御自身の興味・関心から鋭いアドリブ質問をしてくる谷さんにアドリブで対応していくという、素人には緊張感溢れる、肝の冷える生放送です。
昨日7/7の放送のテーマは、この7/10に施行される遺言書保管法のご紹介も兼ねて、「遺言書」でした(ご関心のある方は、radikoでご視聴下さい) 。
特に、昨今の豪雨災害などもあり、遺言書を保管する災害対策的な観点からも、データ保存が可能な遺言書保管制度や公正証書遺言の重要性は高まると思われましたので、(台本どおり放送できずにカットした部分も含めて)ここでご紹介しておきたいと思います。
遺言書を法務局で保管できる新制度がスタート
令和2年7月10日から、自筆証書遺言を法務局で保管してもらうことができる遺言書保管制度がスタートします。
ニュースでも「これで自筆証書遺言の利用促進が期待される」などと言われていますが、遺言相続案件を扱う弁護士としては、特に自筆証書遺言は、その遺言書が無効になってしまわないか?が最も気になるところであり、紛争の種になることが多々ありますので、本記事では、まず遺言の基本的なことを押さえておきます。
遺言の種類~~大きく2種類
法律上、遺言書の種類は3種類ありますが、主に使われているのは次の2種類となります。
(1) 遺言を残す人(遺言者)が自分の手で書いて保管する自筆証書
(2) プロの公証人が作成し、公証役場で保管して貰う公正証書
(第3として「秘密証書遺言」というものありますが殆ど使われていないので省略。)
遺言の方式は民法で厳格に決まっている
遺言は、亡くなる方が死に際して自分の気持ちや家族へのメッセージを残すいわゆる「遺書」とは全く異なります。
遺言は、遺言者が自分の財産を誰にどう継がせるか、書いた内容が遺言者の意思どおりにその死後に実現させることができる法律上の重大な効果を伴うものですので、「民法に定める方式に従わなければ、することができない」(§960)、すなわち民法に定めた方式で作成しなければ遺言が無効となってしまうという、極めて要式性の高い厳格な法律行為となります。
これは、「誰にどの遺産を相続させるか」といった遺言の内容面は自由なのですが、形式面で法律上書くべきことが厳格に決まっているため、法を知らずにその方式を誤って法律上の要件を欠いてしまうと、せっかく書いた遺言書が無効になってしまい、その意思どおりに財産を継がせることができなくなるという、極めて重大なリスクを孕むものです。
特に中小企業の事業承継の観点からは、先代が全株式を次期社長に承継させようとしたものの、その遺言が無効となり、株式が分散してしまうと、支配権争い・経営リスクの種にもなってきますので、無視できません。
我々弁護士としては、特に自筆証書遺言が自宅から出てきたという案件では、そもそも遺言書が形式面を満たしていて有効なものと扱ってよいのか、方式違反で無効か、まずは慎重にそのチェックから入ることになります(公正証書遺言は公証人が職務として作成しているため、遺言書の書面上に方式違反はまずありませんので、その意味で安心です。)。
自筆証書遺言の方式(法改正により一部緩和)
民法§968Ⅰ 自筆証書遺言は、遺言者が、その全文、日付、及び氏名を自署し、これに印をおさねばならない。
自筆証書遺言は、要するに遺言書の全てを自署し、署名捺印をしなければならず、誰かに代わりに書いてもらう代理も、パソコンを使って打ち込んでプリントアウトすることも許されません。すべてその手で自筆しなければならないのです。
高齢・病気のため手が震えてちゃんと文字を書けないという夫に付添い、そばで妻が手を添えてあげて書いた、といういわゆる「添え手」のケースでも、他人の意思が運筆に介入した可能性があるとして「自署」の要件を欠き無効とした裁判例もあるほどです(東京地裁H18.12.26判決、東京高裁H29.3.22判決)。
(民法の条文は上のとおりたった一行ですが、これまで「日付」「氏名」「自署」「印」それぞれの要件において自筆証書遺言の有効・無効が争われた裁判例は膨大ですので、後日まとめてご紹介したいと思います。)
特に今回相続法改正がなされた2019年1月12日までに作成された自筆証書遺言は、すべて自署が要求されました。
これは特に資産を複数保有する高齢の遺言者には、非常に大きな負担でした。
例えば、自宅不動産は長男に、銀行の預貯金は長女に、株式は次男に、と、どの財産を誰に相続させるかは自由に指定できますが、後でどの財産のことを指しているのか疑義が出ないよう特定するため、遺言書には財産目録をつけるのが通常です。
財産目録は、どこまで特定して書かないといけないか、という特定の程度までは法律上決まりはありませんが、通常は、不動産であれば、不動産登記簿の表題部分に書いてある基本的な情報である、所在地・地番・地目・地積を、建物なら建物の構造(萱葺き2階建て等)や各階の面積など結構詳細な情報を記載して特定しますし、預貯金も、通帳記載の銀行名・支店名・預金の種類・口座番号を書いて特定します。
これらすべてを本人が自筆で書く必要があり、代理作成もパソコンで打ってプリントアウトすることも許されなかったのですから、資産の種類が多ければ多いほど大変で、自筆証書遺言の利用促進を阻害する要因と考えられていました。
【2019年1月13日以降は自署の要件を緩和】
そこで、自筆証書遺言の利用促進のため、民法が改正され、2019年1月13日以降に作成する遺言書では、この遺言書本文に「添付」する財産目録に限って、自筆でなくてもよいとされるようになりました。
代筆でも、パソコンを使って作成しても構いませんし、さらには、パソコンを使うことも難しい高齢者もおられますので、そのような場合には、たとえば、預金口座であれば、預金通帳のコピー(銀行名、名義人名、店番、口座番号)を「別紙」として遺言書に添付したり、不動産であれば、不動産登記簿謄本のコピーをそのまま「別紙」として遺言書に添付するやり方も認められるようになりました。
これは非常に大きな改善といえるでしょう。
遺言書の保管方法/遺言書保管制度(New!)
そうやって苦労して作成した自筆の遺言書も、これまでは自宅の金庫や押入の中など人目につかない場所に保管するか、弁護士に預けておくかといったことしかできませんでした。銀行の貸金庫での保管も、保管費用がかかります。
この保管方法は、実務上様々なリスクを伴います。
たとえば、亡くなったお父さんが遺言書をどこにしまったのか、別居していた子らには分からないなど遺言書を発見できずにその意思を実現できないリスクがありますし、そもそも遺言書を残していたかどうかも、生前に聞いていなければ分かりません。さらに、家探しをして遺言書を見つけた場合に、発見した子が他の兄弟姉妹に内緒で勝手に開封してしまい、内容が自分に不利だとして改ざんしたり廃棄して隠蔽するリスクもあります。
せっかく頑張って遺言書を書いても、保管や発見状況で結局無に帰してしまうリスクが排除できないのであれば、やはり自筆で遺言書を作成しようということになりませんね。
そこで、新たに、遺言書保管法という法律が制定され、この7月10日から施行されることになりました(正式名称は「法務局における遺言書の保管等に関する法律」)。
この新制度により、各地の法務局(支局、出張所等を含む)を「遺言書保管所」として、自筆証書遺言を保管して貰うことで、遺言者が亡くなった後に遺言書の隠蔽や改ざんなどの紛争予防を図ることが可能になります。
遺言書保管制度のメリット
1 費用が安い
法務省によれば、遺産額にかかわらず1件3,900円で保管申請が可能です(本日現時点)。
かたや、公正証書だと、遺産額や誰にいくら相続させるかにより手数料は変動します。遺言内容にもよりますが、概算5~10万円はみておくべきですから、遺言書保管制度の費用面は魅力的です。
2 方式違反無効のリスク低減
方式違反が明らかな無効な遺言書を保管しても仕方ありませんので、運用としては、上記条文にあるような自筆証書の形式違反がないかどうかは、保管申請時に遺言書保管所でもチェックしてもらえる(方式違反があれば補正を促す)とのことです。
方式違反による遺言書無効のリスクは従来よりも低減するといえるでしょう。
3 抜け駆け禁止
遺言者が亡くなった後であれば、相続人は、遺言書保管所(どの地の法務局でも構いません)に対して、遺言書の有無に関する照会ができますし、遺言書が存在する場合にはその閲覧・謄写ができます。たとえば、父が北海道の法務局で遺言書保管をしていた場合でも、沖縄在住の子は沖縄の法務局でこれらの手続きができます。
ただ、他の相続人や、受遺者(相続人以外の第三者で財産を渡すことが遺言書に書かれている人)に対しても、この遺言書が遺言書保管所に保管されていることが一斉に通知されますので、抜け駆けはできないような仕組みになっています。
4 データ保存で災害対策にも
遺言書保管所では、遺言書原本だけでなく、遺言書情報や遺言書をスキャンした画像データでも保管してもらえるため(遺言書保管法§7Ⅱ)、水害・災害で自宅が被災した場合でも、これまでだと自宅保管していた遺言書が紛失してしまうということがありましたが、本制度を利用するとそのような恐れもなくなります。
※データ保存は公正証書でも同様のメリットがあります(←東日本大震災で公証役場自体が被災して公正証書原本が紛失・汚損した過去を踏まえ、今はデータでも保存しています。)。
遺言書保管制度のデメリット(本人出頭主義)
遺言書保管制度では、遺言者本人自らが、近くの法務局に足を運んで自ら遺言書の保管申請をせねばならず、代理は一切認められていません。
これは、まさに遺言者本人自らが申請を行なった事実こそが、本人がその遺言書を作成したことの証となるためです。
この本人出頭主義は厳格でして、たとえば、一旦保管してもらった遺言書は、あとでいつでも修正や保管撤回もできますが、それら変更や撤回も全て自分が法務局にいって手続きをしなくてはなりません。
そのため、一旦、遺言書の保管をしてもらってから、後日、病気で入院して法務局に行くことができなくなると、預けてある遺言書の保管撤回や変更などをすることができなくなってしまいます。※厳密にはこの遺言書の内容と矛盾抵触する新たな公正証書遺言を作成すれば、新しい遺言書の方が有効になる結果、保管撤回と同じ効果は得られますが※
この点、公正証書遺言なら、出張費用など割高にはなりますが、公証人が、病院や自宅まで出張してくれて公正証書遺言を作成することが可能です。
結局、自筆証書と公正証書、どちらがいいのか?
ここまでみてきますと、遺言書保管制度が非常に優れているようにも思えますし、実際、財産目録自署不要といった方式面の緩和も手伝い、自筆証書遺言は、以前に比べると遙かに使い勝手がよくなったかと思います。
ただ、遺言者が亡くなられた後の相続紛争(争族)に介入する弁護士の視点からは、
①あとで遺言書の有効・無効の問題(形式面だけでなく、認知症の程度など遺言能力の問題もあります。)が起きにくい点、
②文言に解釈の余地が出にくく内容面でも一義的に遺言の実現内容が決まりやすい点、
③自署ができない人でも遺言が可能な点、
④病院や施設に入院・入所していても公証人が出張して遺言書作成が可能な点
などで、公正証書遺言に軍配が上がると思います。
弁護士が遺言書作成に関与していない事案でも、公証人は元検察官といった法の専門家が務めていますので、遺言書の内容面でもプロの法律家目線でのチェックが入っていて、内容面でも安心できます。
ただ、その安心分、どうしても費用はかかってしまいます。
そこで、
・知力体力が落ちていてちゃんと作成できる自信が無い、
・法の不知ゆえに遺言無効となるリスクは排除して万全を期したい、
・子どもたちの仲がよくないため後に遺言執行を巡って紛争が予想される、
・資産が多数あるため、漏れをなくしたい、
等という場合であれば、公正証書遺言をお勧めします。
そういった諸事情がなくて、元気に自分で遺言書を作成できて、法務局まで出向くことができてコストを少しでも下げたいのであれば、自筆証書で法務局保管制度の利用も検討するとよろしいかと思います。
こればかりは、遺産額にもよるでしょうし、費用対効果を考えて、弁護士等の専門家と相談して決めるのがベストでしょう。
ただ、自筆証書遺言で頑張って書いてみるにしても、昨今の風水害等の災害の多さと被害の甚大さにも照らせば、遺言書紛失防止の観点からも、今回新たに始まる法務局での遺言書保管制度を利用しない手はないと思います。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
なお、次回のラジオ関西の生放送出演は、
8月4日(火)12:15~
の予定です。
テーマは未定ですので、取り上げて欲しいテーマや身近な疑問点等ございましたら、ご遠慮なくドシドシお問合せページや、番組宛てにお送り下さい(匿名可)!