【改正相続法⑤】遺留分を侵害する不動産贈与ケースの事件処理/要注意の消滅時効【新旧対比】


今回は、不動産について遺留分を侵害する生前贈与・遺贈があった場合に、遺留分権利者は誰にどのような権利の主張ができるのか、また、消滅時効について債権法改正との絡みで注意すべき点は何か、いずれも旧法と新法との対比の観点からご紹介します。 

<Summary> 
1 遺留分侵害額の算定方法 

遺留分=A【遺留分を算定するための財産の価額】×1/2×(法定相続分)
遺留分侵害額=(遺留分)-(特別受益の額) 
      -B【遺産分割において取得するべき財産の価額】 
      +(相続によって負担する債務の額) 
2  A【遺留分を算定するための財産の価額】
=(相続開始時において残っているプラスの遺産)
 +(相続人に対する生前贈与の額)※原則10年以内
 +(第三者に対する生前贈与の額)※原則1年以内
 -(債務全額)
3 B【遺産分割において取得するべき財産の価額】
遺産分割未了でも具体的相続分に応じて遺留分権利者が取得するべき財産の価額をいう
4 複数の侵害行為がある場合の順序 
・遺贈と生前贈与がある場合には遺贈が先に対象
・複数の遺贈、複数の生前贈与がそれぞれある場合には、目的物の価額に応じて
5 権利行使期間と金銭債権の時効期間
・侵害額不明でも相続開始&侵害事実を知ってから1年以内に権利行使が必要
・具体的金銭債権としては5年の消滅時効 


【具体例3】 

相続人は、妻X,長男Yの2名。 
夫が亡くなった時点で有していた財産としては、a土地(500万円相当)があったが、第三者甲にa土地を遺贈する内容の遺言書が見つかった。なお、長男Yは、父から、亡くなる7年前に、b土地(贈与時2000万円、死亡時2500万円相当)の生前贈与を受けていた。
妻Xは、誰にどのような遺留分侵害(減殺)の請求が可能か?

不動産の贈与がある場合の遺留分権利行使の方法

【1】遺留分侵害額 

妻Xと長男Yの遺留分侵害額を計算します。 

b土地については生前贈与を受けた時よりも値上がりしていますが、算定の基準時は、相続開始時(=死亡時)ですので、生前贈与加算額は2500万円となります。 

・妻Xの遺留分侵害額=(500万円+2500万円)×1/2×1/2=750万円
・長男Yの遺留分侵害額= (500万円+2500万円) ×1/2×1/2-2500万円=-1750万円(遺留分侵害なし) 

【2-1】旧法下の処理

遺留分減殺の順序は、①遺贈が先で、②生前贈与はその次ですから、妻Xとしては、750万円の遺留分について、 

①受遺者甲に対して、遺贈されたa土地(500万円相当)の減殺請求を
②長男Yに対して、生前贈与されたb土地の持分1/10(=残250万円/2500万円)の減殺請求を

それぞれ求めることができました。

その意味合いは、妻Xは、遺留分減殺請求権の行使により、a土地については、遺贈が全部無効となる結果、a土地所有権を全部取得し(物権的効果)、b土地については、生前贈与が一部無効となる結果、X:Y=1:9の持分割合で共有状態になる、ということでした。
(※なお、減殺の順序は強行規定ですので、「a土地はいらないから、長男Yのみに対してb土地の持分3/10(=750万円/2500万円)の減殺を求める」ことはできません。)

【2-2】新法の下での処理 

新法では、遺留分減殺請求権の物権的効果を否定して、遺留分侵害額請求権へと金銭債権に大きく法的性質を変えましたので、妻Xは、

①甲に対して、500万円
②長男Yに対して、250万円 

それぞれ金銭の支払いを求めることができるにとどまり、各土地の権利関係には立ち入ることができなくなりました。 

そして、旧法下では現物返還が原則でしたので、遺留分権利者は、侵害者に対して、各土地の所有権移転登記請求訴訟を提起することができ、これに対して、侵害者側からは遺留分減殺相当額のお金を支払うことで現物返還を免れる(価格弁償の抗弁)ことができましたが、改正相続法では、そもそも登記の移転を求めることはできず、金銭請求しかできないということになります。

※改正法適用事案に、遺留分の相談に来た相談者に対して、「a土地を取り戻せますよ」などとアドバイスしたらアウトということです。

このように、遺留分権利者が求めることのできる請求内容や、訴訟構造が大きく変わってしまうことから、実務的に非常にインパクトのある大改正なのです。

消滅時効も要注意!

ここで、債権法改正とも絡みますが、遺留分侵害額請求権に関する消滅時効も大きく変わります。

1年の短期消滅時効は変わらず 

相続開始及び遺留分を侵害する遺贈や生前贈与があることを知った時から1年以内に、遺留分減殺(侵害額)請求をします、という意思表示(ex.内容証明郵便)を行わないと、「遺留分侵害を理由とする減殺(侵害額)請求の意思表示をすることができる権利」は1年の時効で消滅します。この点は今回の改正でも変わりません。 
なお、この初めての権利行使の意思表示の際には、必ずしも具体的金額を明らかにする必要はありません。 

そして、「あなたに対して遺留分減殺請求をします」と初めての上記意思表示を1年以内にしておきさえすれば、旧法下では、上記事例のように不動産所有権に基づく移転登記手続請求をする場合などは、当該移転登記手続請求自体は、所有権という物権に基づく請求権として消滅時効にはかかりませんでした(もちろん、土地の持分でなく金銭支払請求であれば金銭債権として10年の時効にはかかります。)。

5年の短期消滅時効の適用可否

しかしながら、新法では、遺留分の権利行使の意思表示によって生じるのは金銭債権ですので、通常の金銭債権と同様、消滅時効にかかってしまいます。 

消滅時効は、債権法の改正も絡みますのでさらにややこしくなりますが、現民法の下では10年、改正債権法の下では原則5年となります。

若干面倒なのが、改正相続法と改正債権法のそれぞれの施行日が異なることです。

2019/7/1 改正相続法 施行(遺留分侵害額請求権へ)
2020/4/1 改正債権法 施行(債権の消滅時効5年へ)

それぞれの改正にタイムラグがありますので、当面の期間限定での場合分けになりますが、概ね以下の3ケースが想定されます。

【ケース1】改正相続法施行より前 (~R1/6/30) に亡くなった場合 

2019/5/1 死亡・相続開始 
2019/7/1 改正相続法 施行
2020/4/1 改正債権法 施行 

と相続開始が改正相続法施行前の事案であれば、遺留分に関して全て旧法が適用されますので、従来どおりとなり、所有権に基づく返還請求は時効にかからず、金銭請求であれば時効期間は10年でした。 

【ケース2】改正法すべて施行後(R2/4/1~) に亡くなった場合 

2019/7/1 改正相続法 施行 
2020/4/1 改正債権法 施行 
2020/4/2 死亡・相続開始 

反対に、改正法全てが施行された後に亡くなった事案であれば、遺留分に関しては全て新法が適用されますので、これ以降になされる遺留分侵害額請求による金銭債権の消滅時効は、5年となります。

ここまでは普通の話ですが、期間限定でややマニアックな問題になるのが次のケースです。

ケース3】各改正法施行日の狭間(R1/7/1~R2/3/31)で亡くなった場合 

2019/7/1 改正相続法 施行 
2020/3/1 死亡・相続開始 
      ①3/31遺留分に関する権利行使の意思表示 
2020/4/1 改正債権法 施行 
      ②4/2遺留分に関する権利行使の意思表示 

今年の7月から来年3月末までの各改正法施行日のタイムラグの間に亡くなった場合には、遺留分に関しては改正相続法が適用されます(→遺留分「侵害額」請求権)。 
ただ、その後、遺留分に関する権利行使の意思表示を行ったのが、来年4月1日の改正債権法の施行よりも前(①3/31)か、後(②4/2)か、さらにケースが分かれます。

①3/31での権利行使であれば、改正債権法施行前ですから、消滅時効期間は10年です。

では、②改正債権法施行直後の4/2での権利行使の場合はいかがでしょうか?

この点は、相続法改正作業に携わった法務省民事局民事法制管理官らの個人の見解としては、改正債権法が適用されて5年になると考えられているとのことです。 

(注)ロジックとしては、債権法改正法附則10Ⅳにより、「施行日前に債権が生じた場合」(=施行日以後に債権が生じた場合であって、「その原因である法律行為が施行日前にされたとき」を含む)における当該債権の消滅時効は従前どおり10年、とされているものの、相続開始前に「法律行為」に相当するものは何もなされていないため、相続開始時点では遺留分侵害額請求権の「原因である法律行為が施行日前にされた」とはいえないため、「従前の例による」ことができず、改正債権法が適用されるということです。

ここは解釈の余地や争いもありそうです。 
個人的には、令和2年3月31日に権利行使の意思表示をすれば時効は10年、その翌日4月1日にすれば時効は5年と、法律上明記されているのであればともかく、解釈によって決まってしまうというのはいささか酷な気がします。改正法を適用する短期消滅時効の主張が権利濫用だとして争う余地のあるケースも出てくるかもしれません。

いずれにせよ、早急に権利行使の意思表示をすべきですが、そもそも遺言書の存在を知っている受遺者側は四十九日の法要やその後しばらくは遺言書の存在を(意図的にでも)明らかにしないケースもあり、知ったときには既に令和2年4月1日を過ぎていた、ということもあるでしょう。 

令和元年7月以降に亡くなられた事案は、遺留分侵害額請求権を行使した結果の金銭支払請求権の時効は5年と割り切ってリスク管理を行う方が賢明でしょう。

(…とはいえこの時効の問題が実務的に出てくるのはまだ5年先の話ですが…)

遺留分に関する改正相続法のご案内は、ひとまずこのあたりまでと致します。

次回からは、改正相続法により大きく変わる諸制度(遺産分割前の預貯金払戻、特別寄与料、持戻し免除の意思表示推定、対抗要件主義、配偶者居住権等)を確認していきたいと思います。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。