【改正相続法⑧】遺産分割の見直し3【分割前の遺産処分、預貯金払戻し】

本日は、令和元年7月1日、改正相続法の原則施行日です。

前回記事から更新が空いてしまいましたが、使途不明金訴訟などでも関連してくる遺産分割前の遺産の処分等に関する新たなルールをご紹介します。

遺産分割の対象となる「遺産」の要件
現在(分割時)も存在すること

新ルールの大前提として、遺産分割の対象となる「遺産」の範囲を確認しておきます。

一口に「遺産」といっても、場面によってその対象範囲が異なります。

たとえば、相続を「きっかけ」として取得する財産は、 相続税申告の上での税法上の「遺産」には含まれますが、このうち民法上の遺産となるものは、相続「により」取得した財産に限られます。 民法上の遺産に含まれない財産としては、生命保険金(約款により取得)、死亡退職金(社内規程により取得)などがその代表例です。
また、民法上の遺産・相続財産が、すべてそのまま遺産分割の対象となるわけではなく、遺産分割の対象となる遺産は、さらに次の要件を満たす必要があります。

① 相続開始時(死亡時)に存在する
② 現在(遺産分割時)も存在する
③ 未分割である
④ 積極財産である(プラスの財産)

対象範囲の広狭のイメージとしては、
 税法上の遺産 ≧ 民法上の遺産 ≧ 遺産分割対象としての遺産
でしょうか。

ここで重要なのが、②現在(遺産分割時)も存在する、という要件です。

たとえば、共同相続人全員が、合意の下、遺産分割前に、相続税の納税資金確保のため、被相続人である亡父の遺産である不動産を5000万円で売却するというケースでは、買主に対する5000万円の売買代金債権は、各相続人が相続分に応じて、それぞれ権利を行使することができます(最判s52.9.19)。
つまり、当該不動産もその売買代金も遺産分割の対象ではなくなります。
(もちろん、共同相続人全員がこの売却代金を遺産分割の対象に含める旨の合意をした上で売却していれば問題はありません)

また、この売却代金5000万円を、長男が相続人全員を代表して預かるということにした場合であっても、相続開始時に存在した「不動産」が、遺産分割までの間に、長男の「預り金」という代償財産に形を変えてしまっているため、これも遺産分割の対象にはなりません。
この場合、急に仲が悪くなった次男が、長男に対して、自己の法定相続分に応じた預り金を返せ、と請求を行なえば、長男はこれを拒むことができなくなります。
(ですので、ここも事前に全相続人間でこの預り金を遺産分割の対象とする旨の合意書面を作成しておく必要があります)

改正法の新ルール
分割前の遺産処分と預貯金払戻制度

以上を前提として、新法では、主に次の2つのルールを新たに設けました。

§906の2(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)
1 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の処分がされたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。

§909の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、相続開始の時の債権額の3分の1に、…当該共同相続人の相続分を乗じた額(…法務省令で定める額を限度とする)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

分割前に処分された遺産を分割時に存在すると「みなす」新たな取り扱い(§906の2)

旧法下でも、全相続人の同意があれば、遺産分割前に処分された財産についても遺産分割の対象とすることが認められていましたが、新法ではこれを明文化しました。

新法では、さらに進んで、相続人全員の同意があるか、当該処分者以外の他の相続人の同意があれば、処分された財産も、遺産分割時に「遺産として存在するものと『みなす』」ことができるようになりました。

新法の取り扱いが旧法下と異なる点は、
  ①同意の撤回の可否
  ②処分した者以外の相続人の同意がある場合の遺産分割対象性
  ③遺産目録への記載の仕方

となります。

①旧法下では、同意の撤回は自由でしたが(信義則違反を除く)、新法下では、同意の効果として、存在しないものを「遺産として存在するものとみなす」以上、同意の撤回はできません。

また、③遺産目録上の取り扱いとしても、旧法下では、たとえば前記の例では、長男の「預り金」として計上しますが(既に不動産は存在しないため)、新法下では、処分された不動産が遺産分割時に存在するものとみなされる以上、「不動産」として表記することになります。

②の相違点は、さらに重要です。

たとえば、相続人A~C3人のうち、相続開始後、AがBCに無断で被相続人である亡父の預貯金2000万円を引き出して自分の借金返済に充てていたという場合に、B・Cがこの2000万円についても遺産分割時に存在する遺産として分割対象にするべきだと主張して、Aが拒んでいた場合であっても、§906の2の第2項により、処分者であるAの同意は不要ですので、当該預貯金は遺産分割の対象となります。
旧法下では、Aが反対している限り、遺産分割の対象にはなりませんでした。

この遺産分割前の遺産処分は、死亡前の預金引出しといった使途不明金などと同様に、これまでも多くの事案における争点の一つでしたが、特に上記②の点の取扱いは重要な変更点といえるでしょう。

分割前の預貯金払戻し (§909の2)

預貯金債権は、従前は、相続開始と同時に各相続人に相続分に応じて承継されることとなっていて、遺産分割の対象外でしたが、最高裁大法廷H28.12.19決定が、従前の取扱いを変更して遺産分割の対象に含まれるとしたため、本決定後は、他の相続人全員の同意がなければ、自己の法定相続分に応じた預貯金の払戻しもできなくなってしまいました。

これにより、亡夫に借入れがあり、その返済を期限までに行なわねばならない場合や、亡夫から扶養を受けていた妻の当面の生活費を工面せねばならない場合でも、疎遠になった子ども達の同意なしには、夫の口座から、返済資金や生活費としての預金の払戻しを受けることができなくなる不都合がありました。

そこで、新法は、以下のルールの下、各相続人が、他の相続人の同意なく、単独で預貯金の払戻しを認める制度を新設しました。

① 払戻額=(相続開始時の債権額)×1/3×法定相続分
② 上記①の計算は、個々の預貯金債権ごとに行なう
  (普通預金と定期預金は別モノとして扱う)
③ 払戻し可能な上限額は、一金融機関につき150万円まで

Q
 被相続人の相続開始時の金融資産額が次のとおりであった場合、 妻(相続分1/2)が単独で引き出せるのは?

 A銀行 普通預金  480万円
 A銀行 定期預金 1200万円(満期到来済み)
 B銀行 普通預金  720万円

A
 金融機関ごとに考えます。

A銀行 普通預金 480万円×1/3×法定相続分1/2=80万円
A銀行 定期預金 1200万円×1/3×1/2=200万円>150万円
 ⇒A銀行合算 80万円+150万円=230万円>150万円となるので、
  A銀行からは合計150万円まで払戻可能。
  内訳は、普通預金からは80万円まで。普通預金50万円、定期預金100万円でも可。
B銀行 普通預金 720万円×1/3×1/2=120万円
∴ A銀行から合計150万円、B銀行から120万円まで払戻を受けることが可能

本制度の創設により、預貯金の払戻しについては、随分と便利が良くなるように思われます(金融機関側の対応は大変でしょうが。)。

高額の金融資産をお持ちの方であれば、万が一のペイオフ対策だけでなく、相続時の預金払い戻し対策としても、預貯金は、複数の金融機関に分散管理することが有益でしょう。

特に複数の不動産や多額の金融資産を保有されていた資産家の遺産分割案件では、亡くなるまでの間に、不動産が一部の推定相続人やその関係者に生前贈与されていたり、亡くなる前後に、親族による多額の預貯金の引出しがなされたりしていて、遺産の範囲を確定したり、特別受益の有無等、具体的な相続分を確定するために多大な時間を要する「争族」事案となってしまうことがあります。いわゆる「10年戦争」に陥ることもしばしばです。
そのような長期事案に備える体力を確保する上でも、多数の金融機関での預貯金払戻し制度の利用は有効といえるでしょう。

ひとまず、改正相続法の特集は、本日の施行を機に一区切りとさせて頂きます。
来年施行の配偶者居住権なども今後取り上げる予定ですが、施行前にまとめてピックアップすることにします。

遺産相続分野でよくお目にかかる使途不明金訴訟や、これと関連する特別受益問題など、遺産分割実務で頻出だけども難しい分野についても取り上げて参りたいと思います。

また、相続法分野以外の他の法分野(交通事故、離婚、労働その他)も随時ピックアップして参りたいと思います。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。