前回に引き続き、「持戻し免除の意思表示推定の規定」について、実務上問題になり得る点を何点か挙げてご紹介したいと思います。
<Summary>
1 具体的相続分を求める計算式
具体的相続分=(相続開始時に有した財産の価額+生前贈与の価額-寄与分)×(当該相続人の相続分の割合)-(特別受益の額)+(当該相続人の寄与分)
2 遺産分割における取得額の算出
遺産分割における取得額=(遺産分割における対象財産の価額)×(当該相続人の具体的相続分)/(全相続人の具体的相続分の総和)
改正法施行前の解釈論であり、これから事例が集積されていくところですので、あくまでも想定事例の解釈論として、ご参考程度にしてください。
【その1】「居住用建物」? 店舗兼住宅の場合
遺贈・生前贈与された不動産が、店舗兼住宅のような場合にも、903Ⅳ(持戻し免除の意思表示推定)の適用があるか?「居住の用に供する建物」に該当するか?という問題です。
この場合は、当該店舗兼住宅が、不動産の構造や形態から、903Ⅳを適用できる「居住の用に供する建物」か否かを決めることになると考えられます。
例えば、4階建てビルの1階部分で飲食店を経営していて、2階以上は居住空間となっている構造上一体の建物であれば、ビル全体について、「居住の用に供する建物」として持戻し免除の意思表示推定が及ぶと考えやすいでしょう。
他方で、店舗部分と住宅部分とが構造上分離しているような場合、たとえば母屋で店舗を営んでいて離れで生活をしているようなケースや、構造上一体であっても、4階建てビルの3階部分までが店舗で、4階のみが居住空間となっているように建物の大部分が店舗であるようなケースであれば、これら建物全体について居住用建物とは認められにくいといえるでしょう。
事案によっては、独立した離れのみを居住用建物として903Ⅳを適用する余地があるかもしれません。
このように店舗兼住宅の場合には、具体的事例ごとにケースバイケースで考えていく必要があると思われます。
【その2】居住用不動産を「相続させる」旨の遺言の場合
例えば、婚姻期間30年目の夫(妻と子1名)が、居住用不動産2500万円、預貯金2500万円の合計5000万円を遺して亡くなり、「妻に、居住用不動産を相続させる」旨の遺言書が出てきた場合、903Ⅳを適用して持戻し免除の意思表示があったと推定できるのか??という問題です。
これがなぜ問題になるかというと、相続人の一部の者に特定の財産を承継させる、いわゆる「相続させる」遺言(特定財産承継遺言)は、原則として、遺贈ではなく、遺産分割方法の指定がされたものと取り扱うことになります(最高裁H3.4.19判決)。
903Ⅳが適用されるのは「遺贈」がなされた場合ですので、遺贈ではない「相続させる」遺言の場合には、条文上、903Ⅳを直接適用することはできません。
とすると、上記例では、持戻し免除ができないため、
妻の具体的相続分=5000万円×1/2-特別受益2500万円=0円
となってしまう結果、預貯金2500万円は子が全て取得し、妻には金融資産は残らないことになります。
これが条文から直接導かれる帰結です(旧法下はこのとおりでした)。
しかしながら、妻の生活保障を図りたいとの亡夫の意思は、通常の遺贈をした場合と変わらないと考えられますので、改正法の趣旨に鑑みれば、遺言書に「遺贈する」と書くか「相続させる」と書くかで妻の取り分が大きく変わってくるというこの帰結は、あまりにも硬直的でしょう。
解釈論になりますが、「相続させる」遺言によって法的には遺産分割方法の指定がなされた場合であっても、あわせて「相続分の指定」がなされたものとして取り扱い、不動産を除いた残余財産の遺産分割においては、居住用不動産については別枠として取り扱うべきでしょう。
上記例でいえば、妻への居住用不動産(2500万円)については、別枠で取り扱い、残りの預貯金2500万円について、法定相続分1/2で割り付ける計算を行なう結果、亡父は、「妻に居住用不動産を相続させる」旨の遺言を遺したことで、妻の相続分を、
不動産2500万円/5000万円+預貯金2500万円/5000万円×1/2=3/4
と指定していた、と考えるわけです。
このように解釈・計算することで、事実上、903Ⅳを適用したのと同じ結果を導くことができます。
以上で、ひとまず、居住用不動産の持戻し免除意思表示推定規定についてのご紹介は終わりとさせて頂きます。
次回は、遺産分割における新ルールのうち、遺産分割「前」の財産変動についてご紹介致します。
遺産分割前の預貯金の払戻制度や、遺産分割前に遺産が処分された場合の遺産の範囲に関する新ルールです。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。